エゼキエル書 (ja-ezk)

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1290.主の栄光のイメージ, キリスト(エゼキエル書1:26-28)

by christorg

ヨハネの黙示録1:13-18, コロサイ人への手紙1:14-15, へブル人への手紙1:2-3 旧約聖書では, エゼキエル書が神の栄光のイメージを見たとき, 彼はイメージの前に落ちて彼の声を聞きました。(エゼキエル書1:26-28) エゼキエル書1:26 首の上なる穹蒼の上に靑玉のごとき寶位の狀式ありその寶位の狀式の上に人のごとき者在す、 27 又われその中と周圍に磨きたる銅のごとく火のごとくなる者を見る其人の腰より上も腰より下も火のごとくに見ゆ其周圍に輝光あり 28 その周圍の輝光は雨の日に雲にあらはるる虹のごとしヱホバの榮光かくのごとく見ゆ我これを見て俯伏したるに語る者の聲あるを聞く ビヨハネの福音書で, ヨハネの福音書は復活したキリスト・イエスを見て聞いた。(ヨハネの黙示録1:13-18) ヨハネの黙示録1:13 また燈臺の間に人の子のごとき者ありて、足まで垂るる衣を著、胸に金の帶を束ね、 14 その頭と頭髮とは白き毛のごとく雪のごとく白く、その目は焔のごとく、 15 その足は爐にて燒きたる輝ける眞鍮のごとく、その聲は衆の水の聲のごとし。 16 その右の手に七つの星を持ち、その口より兩刃の利き劍いで、その顏は烈しく照る日のごとし。 17 我これを見しとき其の足下に倒れて死にたる者の如くなれり。彼その右の手を我に按きて言ひたまふ『懼るな、我は最先なり、最後なり、 18 活ける者なり、われ曾て死にたりしが、視よ、世々 限りなく生く。また死と陰府との鍵を有てり。 キリスト・イエスは神のイメージです。(コロサイ人への手紙1:14-15, へブル人への手紙1:2-3) コロサイ人への手紙1:14 我らは御子に在りて贖罪すなはち罪の赦を得るなり。 15 彼は見 得べからざる神の像にして、萬の造られし物の先に生れ給へる者なり。 へブル人への手紙1:2 この末の世には御子によりて、我らに語り給へり。神は曾て御子を立てて萬の物の世嗣となし、また御子によりて諸般の世界を造り給へり。 3 御子は神の榮光のかがやき、神の本質の像にして、己が權能の言をもて萬の物を保ちたまふ。また罪の潔をなして、高き處にある稜威の右に坐し給へり。

1291.神は私たちを監視員として任命したので, 福音を説きます。(エゼキエル書3:17-21)

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ローマ人への手紙10:13-15, コリント人への手紙Ⅰ9:16 旧約聖書では, 神はエゼキエル書をイスラエルの人々が福音を広めるための監視員として任命しました。(エゼキエル書3:17-21) エゼキエル書3:17 人の子よ我なんぢを立てイスラエルの家の爲に守望者となす汝わが口より言を聽き我にかはりてこれを警むべし 18 我惡人に汝かならず死べしと言んに汝かれを警めず彼をいましめ語りその惡き道を離れしめて之が生命を救はずばその惡人はおのが惡のために死んされど其血をば我汝の手に要むべし 19 然ど汝惡人を警めんに彼その惡とその惡き道を離れずば彼はその惡の爲に死ん汝はおのれの靈魂を救ふなり 20 又義人その義事をすてて惡を行はんに我躓礙をその前におかば彼は死べし汝かれを警めざれば彼はその罪のために死てそのおこなひし義き事を記ゆる者なきにいたらん然ば我その血を汝の手に要むべし 21 然ど汝もし義き人をいましめ義き人に罪ををかさしめずして彼罪を犯すことをせずば彼は警戒をうけたるがためにかならずその生命をたもたん汝はおのれの靈魂を救ふなり 神は私たちを救いの福音を説く監視員として私たちを確立しました。救いの福音を説教しなければ, 人々は救いの福音を聞くことができません。(ローマ人への手紙10:13-15) ローマ人への手紙10:13 『すべて主の御名を呼び求むる者は救はるべし』とあればなり。 14 然れど未だ信ぜぬ者を爭で呼び求むることをせん、未だ聽かぬ者を爭で信ずることをせん、宣傳ふる者なくば爭で聽くことをせん。 15 遣されずば爭で宣傳ふることをせん『ああ美しきかな、善き事を告ぐる者の足よ』と録されたる如し。 私たちが福音を説教しないなら, 私たちに災い。(コリント人への手紙Ⅰ9:16) コリント人への手紙Ⅰ9:16 われ福音を宣傳ふとも誇るべき所なし、已むを得ざるなり。もし福音を宣傳へずば、我は禍害なるかな。

1292.キリストは彼を信じていない人々を判断します。(エゼキエル書6:7-10)

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ヨハネの福音書3:16-17, ローマ人への手紙10:9, テモテへの手紙Ⅱ4:1-2, ヨハネの福音書5:26-27, 使徒の働き10:42-43, コリント人への手紙Ⅰ3:11-15, コリント人への手紙Ⅱ5:10, 使徒の働き17:30-31, ヨハネの黙示録20:12-15 旧約聖書では, 神は彼を信じていない人々を判断すると言われました。そうして初めて, 人々は神が神であることを知っています。(エゼキエル書6:7-10) エゼキエル書6:7 又殺さるる者なんぢらの中に仆れん汝等これに由て吾ヱホバなるを知るにいたらん 8 我或者を汝らにのこす即ち劍をのがれて異邦の中にをる者國々の中にちらさるる者是なり 9 汝等の中の逃れたる者はその擄ゆかれし國々において我を記念ふに至らん是は我かれらの我をはなれたるその姦淫をなすの心を挫き且かれらの姦淫を好みてその偶像を慕ふところの目を挫くに由てなり而して彼等はその諸の憎むべき者をもて爲たるところの惡のために自ら恨むべし 10 斯彼等はわがヱホバなるを知るにいたらん吾がこの災害をかれらになさんと語しことは徒然にならざるなり 神はイエスに神の子を与え, 世界を判断する権威を与えました。(ヨハネの福音書5:26-27, 使徒の働き10:42-43, コリント人への手紙Ⅰ3:11-15, コリント人への手紙Ⅱ5:10, 使徒の働き17:30-31, ヨハネの黙示録20:12-15) ヨハネの福音書5:26 これ父みづから生命を有ち給ふごとく、子にも自ら生命を有つことを得させ、 27 また人の子たるに因りて、審判する權を與へ給ひしなり。 使徒の働き10:42 イエスは己の生ける者と死にたる者との審判 主に、神より定められしを證することと、民どもに宣傳ふる事とを我らに命じ給ふ。 43 彼につきては預言者たちも皆、おほよそ彼を信ずる者の、その名によりて罪の赦を得べきことを證す』 コリント人への手紙Ⅰ3:11 既に置きたる基のほかは誰も据うること能はず、この基は即ちイエス・キリストなり。 12 人もし此の基の上に金・銀・寳石・木・草・藁をもつて建てなば、 13 各人の工は顯るべし。かの日これを明かにせん、かの日は火をもつて顯れ、その火おのおのの工の如何を驗すべければなり。 14 その建つる所の工、もし保たば値を得、 15 もし其の工 燒けなば損すべし。然れど己は火より脱れ出づる如くして救はれん。 コリント人への手紙Ⅱ5:10 我等はみな必ずキリストの審判の座の前にあらはれ、善にもあれ惡にもあれ、各人その身になしたる事に隨ひて報を受くべければなり。 使徒の働き17:30 神はかかる無知の時代を見 過しにし給ひしが、今は何處にても凡ての人に悔改むべきことを告げたまふ。 31 曩に立て給ひし一人によりて、義をもて世界を審かんために日をさだめ、彼を死人の中より甦へらせて保證を萬人に與へ給へり』 ヨハネの黙示録20:12 […]

1293.私たちはイエスをキリストとして信じており, 聖霊で封印されています。(エゼキエル書9:4-6)

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マルコの福音書の福音書16:15-16, Ackts 2:33-36, Acts 5:31-32, ローマ人への手紙4:11, ガラテヤ人への手紙3:14, エペソ人への手紙1:13, エペソ人への手紙4:30, ヨハネの黙示録7:2-3, ヨハネの黙示録9:4, ヨハネの黙示録14:1 旧約聖書では, 神はイスラエルの人々の憎悪を哀歌, 額にマルコの福音書の福音書を持っている人々を除くすべてを殺した人々の額にマルコの福音書の福音書を付けました。(エゼキエル書9:4-6) エゼキエル書9:4 時にヱホバかれに言たまひけるは邑の中ヱルサレムの中を巡れ而して邑の中に行はるるところの諸の憎むべき事のために歎き哀しむ人々の額に記號をつけよと 5 我聞に彼またその他の者等にいひたまふ彼にしたがひて邑を巡りて撃てよ汝等の目人を惜み見るべからず憐れむべからず 6 老人も少者も童女も孩子も婦人も悉く殺すべし然ど身に記號ある者には觸べからず先わが聖所より始めよと彼等すなはち家の前にをりし老人より始む キリストとしてイエスを信じない人は非難されます。(マルコの福音書の福音書16:15-16) マルコの福音書の福音書16:15 かくて彼らに言ひたまふ『全世界を巡りて凡ての造られしものに福音を宣傳へよ。 16 信じてバプテスマを受くる者は救はるべし、然れど信ぜぬ者は罪に定めらるべし。 神はイエスをキリストとして信じる人々に聖霊を注ぎました。(使徒の働き2:33-36, 使徒の働き5:31-32) 使徒の働き2:33 イエスは神の右に擧げられ、約束の聖 靈を父より受けて、汝らの見 聞する此のものを注ぎ給ひしなり。 34 それダビデは天に昇りしことなし、然れど自ら言ふ「主わが主に言ひ給ふ、 35 我なんぢの敵を汝の足臺となすまでは、わが右に坐せよ」と。 36 然ればイスラエルの全家は確と知るべきなり。汝らが十字架に釘けし此のイエスを、神は立てて主となし、キリストとなし給へり』 使徒の働き5:31 神は彼を君とし救主として己が右にあげ、悔改と罪の赦とをイスラエルに與へしめ給ふ。 32 我らは此の事の證人なり。神のおのれに從ふ者に賜ふ聖 靈もまた然り』 神は, イエスをキリストとして信じる聖霊で私たちを封印しました。(エペソ人への手紙1:13, エペソ人への手紙4章30:30, ローマ人への手紙4:11, ガラテヤ人への手紙3:14) エペソ人への手紙1:13 汝 等もキリストに在りて、眞の言すなはち汝らの救の福音をきき、彼を信じて約束の聖 靈にて印せられたり。 エペソ人への手紙4:30 神の聖 靈を憂ひしむな、汝らは贖罪の日のために聖 […]

1294.神は, イスラエルの名残の中でキリストとしてイエスを信じていた人々に聖霊を注ぎ, 彼らを彼の民にしました。(エゼキエル書11:17-20)

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へブル人への手紙8:10-12, 使徒の働き5:31-32 旧約聖書では, 神は神の聖霊をイスラエルの名残の心に与えて, 彼らを彼の民にすることだと語った。(エゼキエル書11:17-20) エゼキエル書11:17 是故に言ふべし主ヱホバかく言たまふ我なんぢらを諸の民の中より集へ汝等をその散されたる國々より聚めてイスラエルの地を汝らに與へん 18 彼等は彼處に到りその諸の汚たる者とその諸の憎むべき者を彼處より取除かん 19 我かれらに唯一の心を與へ新しき靈を汝らの衷に賦けん我かれらの身の中より石の心を取さりて肉の心を與ヘ 20 彼らをしてわが憲法に遵はしめ吾律法を守りて之を行はしむべし彼らはわが民となり我はかれらの神とならん へブル人への手紙の作家は旧約聖書から引用し, 神が神の言葉をイスラエルの人々の心に置いて, 彼らが神を知るようになるかもしれないと言った。(へブル人への手紙8:10-12) へブル人への手紙8:10 「されば、かの日の後に我がイスラエルの家と立つる契約は是なり」と主いひ給ふ。「われ我が律法を彼らの念に置き、そのこころに之を記さん、また我かれらの神となり、彼らは我が民とならん。 11 彼らはまた各人その國人に、その兄弟に教へて、なんじ主を知れと言はざるべし。そは小より大に至るまで、皆われを知らん。 12 我もその不義を憐み、この後また其の罪を思ひ出でざるべし』と。 旧約聖書で約束されたように, 神はイエスをキリストとして信じていた人々に聖霊を注ぎました。(使徒の働き5:31-32) 使徒の働き5:31 神は彼を君とし救主として己が右にあげ、悔改と罪の赦とをイスラエルに與へしめ給ふ。 32 我らは此の事の證人なり。神のおのれに從ふ者に賜ふ聖 靈もまた然り』

1295.しかし, 義人は彼らの信仰によって生きるでしょう。(エゼキエル書14:14-20)

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エゼキエル書18:2-4, 20, へブル人への手紙11:6-7, ローマ人への手紙1:17 旧約聖書では, 神は彼自身を信じることによって人々が救われると言われました。言い換えれば, 私たちは他人の信仰によって救われることはできません。(エゼキエル書14:14-20, エゼキエル書18:2-4, エゼキエル書18:20) エゼキエル書14:14 其處にかのノア、ダニエル、ヨブ 記の三人あるも只其義によりて己の生命を救ふことをうるのみなり主ヱホバこれをいふ 15 我もし惡き獸を國に行めぐらしめて之を子なき處となし荒野となして其獸のために其處を通る者なきに至らん時には 16 主ヱホバ言ふ我は活く此三人そこにをるもその子女を救ふことをえず只その身を救ふことを得るのみ國は荒野となるべし 17 又は我劍を國に臨ませて劍よ國を行めぐるべしと言ひ人と畜をそこより絕さらん時には 18 主ヱホバいふ我は活く此三人そこにをるもその子女をすくふことをえず只その身をすくふことを得るのみ 19 又われ疫病を國におくり血をもてわが怒をその上にそそぎ人と畜をそこより絕さらん時には 20 主ヱホバいふ我は活くノア、ダニエル、ヨブ 記そこにをるもその子女を救ふことをえず只その義によりて己の生命を救ふことを得るのみ エゼキエル書18:2 汝等なんぞイスラエルの地に於て此諺語を用ひ父等酸き葡萄を食ひたれば子等の齒齼くと言ふや 3 主ヱホバいふ我は生く汝等ふたたびイスラエルに於てこの諺語をもちふることなかるべし 4 夫凡の靈魂は我に屬す父の靈魂も子の靈魂も我に屬するなり罪を犯せる靈魂は死べし エゼキエル書18:20 罪を犯せる靈魂は死べし子は父の惡を負ず父は子の惡を負ざるなり義人の義はその人に歸し惡人の惡はその人に歸すべし 神を喜ばせるために, 私たちは神が存在すると信じなければなりません。(へブル人への手紙11:6-7) へブル人への手紙11:6 信仰なくしては神に悦ばるること能はず、そは神に來る者は、神の在すことと神の己を求むる者に報い給ふこととを、必ず信ずべければなり。 7 信仰に由りてノアは、未だ見ざる事につきて御告を蒙り、畏みてその家の者を救はん爲に方舟を造り、かつ之によりて世の罪を定め、また信仰に由る義の世嗣となれり。 最終的に, 私たちは神の義人であるキリスト・イエスを信じることによって救われます。(ローマ人への手紙1:17) ローマ人への手紙1:17 神の義はその福音のうちに顯れ、信仰より出でて信仰に進ましむ。録して『義人は信仰によりて生くべし』とある如し。

1296.キリストを守らない人は火に投げ込まれて燃えました。(エゼキエル書15:2-7)

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ヨハネの福音書15:5-6, ヨハネの黙示録20:15 旧約聖書では, 神を信じなかったイスラエルの人々が火に投げ込まれて燃やされると神は言われました。(エゼキエル書15:2-7) エゼキエル書15:2 人の子よ葡萄の樹森の中にあるところの葡萄の枝なんぞ他の樹に勝るところあらんや 3 其木物をつくるに用ふべけんや又人これを用ひて器をかくる木釘を造らんや 4 視よ是は火に投いれられて燃ゆ火もしその兩の端を燒くあり又その中間焦たらば爭でか物をつくるに勝べけんや 5 是はその全かる時すらも物を造るに用ふべからざれば况て火のこれを焚焦したる時には爭で物をつくるに用ふべけんや 6 是故に主ヱホバかく言たまふ我森の樹の中なる葡萄の樹を火になげいれて焚く如くにヱルサレムの民をも然するなり 7 我面をかれらに向けて攻む彼らは火の中より出たれども火なほこれを燒つくすべし我面をかれらにむけて攻むる時に汝らは我のヱホバなるをしらん キリスト・イエスを守らない人々は, 火に投げ込まれて燃やされます。(ヨハネの福音書15:5-6) ヨハネの福音書15:5 我は葡萄の樹、なんぢらは枝なり。人もし我にをり、我また彼にをらば、多くの果を結ぶべし。汝ら我を離るれば、何事をも爲し能はず。 6 人もし我に居らずば、枝のごとく外に棄てられて枯る、人々これを集め火に投げ入れて燒くなり。 キリストとしてイエスを信じていない人は, キリストが神の命の本に書かれておらず, 火の湖に投げ込まれます。(ヨハネの黙示録20:15) ヨハネの黙示録20:15 すべて生命の書に記されぬ者はみな火の池に投げ入れられたり。

1297.イスラエル人への神の永遠の契約:キリスト(エゼキエル書16:60-63)

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へブル人への手紙8:6-13, へブル人への手紙13:20, マタイの福音書26:28 旧約聖書では, 神はイスラエル人に永遠の約束を与えました。(エゼキエル書16:60-63) エゼキエル書16:60 我汝の若かりし日に汝になせし契約を記憶え汝と限りなき契約をたてん 61 汝その姉妹の汝より大なる者と小き者とを得る時にはおのれの行爲をおぼえて羞ん彼等は汝の契約に屬する者にあらざれども我かれらを汝にあたへて女となさしむべし 62 我汝と契約をたてん汝すなはち吾のヱホバなるを知にいたらん 63 我なんぢの凡て行ひしところの事を赦す時には汝憶えて羞ぢその恥辱のために再び口を開くことなかるべし主ヱホバこれを言ふ 神は私たちに年をとらない新しい永遠の契約を与えてくれました。(へブル人への手紙8:6-13) へブル人への手紙8:6 されどキリストは更に勝れる約束に基きて立てられし勝れる契約の中保となりたれば、更に勝る職を受け給へり。 7 かつ初の契約もし虧くる所なくば、第二の契約を求むる事なかりしならん。 8 然るに彼らを咎めて言ひ給ふ『主いひ給ふ「視よ、我イスラエルの家とユダの家とに、新しき契約を設くる日 來らん。 9 この契約は我かれらの先祖の手を執りて、エジプトの地より導き出しし時に立てし所の如きにあらず、彼らは我が契約にとどまらず、我も彼らを顧みざりしなり」と主いひ給ふ。 10 「されば、かの日の後に我がイスラエルの家と立つる契約は是なり」と主いひ給ふ。「われ我が律法を彼らの念に置き、そのこころに之を記さん、また我かれらの神となり、彼らは我が民とならん。 11 彼らはまた各人その國人に、その兄弟に教へて、なんじ主を知れと言はざるべし。そは小より大に至るまで、皆われを知らん。 12 我もその不義を憐み、この後また其の罪を思ひ出でざるべし』と。 13 既に『新し』と言ひ給へば、初のものを舊しとし給へるなり、舊びて衰ふるものは、消失せんとするなり。 神が私たちに与えた永遠の契約は, 私たちを救うために彼の血を流したキリスト・イエスです。(へブル人への手紙13:20, マタイの福音書26:28) へブル人への手紙13:20 願はくは永遠の契約の血によりて、羊の大牧者となれる我らの主イエスを、死人の中より引上げ給ひし平和の神、 マタイの福音書26:28 これは契約のわが血なり、多くの人のために、罪の赦を得させんとて流す所のものなり。

1298.キリストはダビデの子孫として来て, 私たちに真の平和を与えます。(エゼキエル書17:22-23)

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ルカの福音書1:31-33, ローマ人への手紙1:3, イザヤ書53:2, ヨハネの福音書1:47-51, マタイの福音書13:31-32 旧約聖書では, 神はイスラエルの人々がシーダーの木の頂上で, つまりダビデの家族から一人を任命することによって休むと言われました。(エゼキエル書17:22-23) エゼキエル書17:22 主ヱホバかく言たまふ我高き香柏の梢の一を取てこれを樹ゑその芽の巓より若芽を摘みとりて之を高き勝れたる山に樹べし 23 イスラエルの高山に我これを植ん是は枝を生じ果をむすびて榮華なる香柏となり諸の類の鳥皆その下に棲ひその枝の蔭に住はん イエスは, ダビデの子孫として永遠にダビデの王権を継承したキリストです。(ルカの福音書1:31-33, ローマ人への手紙1:3) ルカの福音書1:31 視よ、なんぢ孕りて男子を生まん、其の名をイエスと名づくべし。 32 彼は大ならん、至高者の子と稱へられん。また主たる神、これに其の父ダビデの座位をあたへ給へば、 33 ヤコブの家を永遠に治めん。その國は終ることなかるべし』 ローマ人への手紙1:3 御子は肉によれば、ダビデの裔より生れ、 イエスは, ナタナエルがイチジクの木の下に来るキリストについて考えていることを知っていました。(ヨハネの福音書1:47-51) ヨハネの福音書1:47 イエス、ナタナエルの己が許にきたるを見、これを指して言ひたまふ『視よ、これ眞にイスラエル人なり、その衷に虚僞なし』 48 ナタナエル言ふ『如何にして我を知り給ふか』イエス答えて言ひたまふ『ピリポの汝を呼ぶまへに、我なんぢが無花果の樹の下に居るを見たり』 49 ナタナエル答ふ『ラビ、なんぢは神の子なり、汝はイスラエルの王なり』 50 イエス答へて言ひ給ふ『われ汝が無花果の樹の下にをるを見たりと言ひしに因りて信ずるか、汝これよりも更に大なる事を見ん』 51 また言ひ給ふ『まことに誠に汝らに告ぐ、天ひらけて、人の子のうへに神の使たちの昇り降りするを汝ら見るべし』 イエスは柔らかい撮影のようで, マスタードの種と同じくらい見苦しいものでしたが, 彼はすべての人に平和を与えるキリストです。(イザヤ書53:2, マタイの福音書13:31-32) イザヤ書53:2 かれは主のまへに芽えのごとく 燥きたる土よりいづる樹株のごとくそだちたり われらが見るべきうるはしき容なく うつくしき貌はなく われらがしたふべき艶色なし マタイの福音書13:31 また他の譬を示して言ひたまふ『天國は一粒の芥種のごとし、人これを取りてその畑に播くときは、 32 萬の種よりも小けれど、育ちては他の野菜よりも大く、樹となりて、空の鳥きたり其の枝に宿るほどなり』

1299.神は誰もが救われることを望んでいます。(エゼキエル書18:23)

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エゼキエル書18:32, ルカの福音書15:7, テモテへの手紙Ⅰ2:4, ペテロの手紙Ⅱ3:9, コリント人への手紙Ⅱ6:2, 使徒の働き16:31 旧約聖書では, 神は邪悪な者が自分の道から向きを変えて救われることを望んでいました。(エゼキエル書18:23, エゼキエル書18:32) エゼキエル書18:23 主ヱホバ言たまふ我爭で惡人の死を好まんや寧彼がその道を離れて生んことを好まざらんや エゼキエル書18:32 我は死者の死を好まざるなり然ば汝ら悔て生よ主ヱホバこれを言ふ 神は誰もが救われることを望んでいます。(テモテへの手紙Ⅰ2:4, ルカの福音書15:7, ペテロの手紙Ⅱ3:9) テモテへの手紙Ⅰ2:4 神は凡ての人の救はれて、眞理を悟るに至らんことを欲し給ふ。 ルカの福音書15:7 われ汝らに告ぐ、かくのごとく悔改むる一人の罪人のためには、悔改の必要なき九 十 九 人の正しき者にも勝りて、天に歡喜あるべし。 ペテロの手紙Ⅱ3:9 主その約束を果すに遲きは、或 人の遲しと思ふが如きにあらず、ただ一人の亡ぶるをも望み給はず、凡ての人の悔改に至らんことを望みて汝らを永く忍び給ふなり。 今日は, イエスをキリストとして信じることによって救いを受けることができる恵みの日です。したがって, 人々はイエスをキリストとして救われると信じなければなりません。(コリント人への手紙Ⅱ6:2, 使徒の働き16:31) コリント人への手紙Ⅱ6:2 (神いひ給ふ『われ惠の時に汝に聽き、救の日に汝を助けたり』と。視よ、今は惠のとき、視よ、今は救の日なり) 使徒の働き16:31 二人は言ふ『主イエスを信ぜよ、然らば汝も汝の家族も救はれん』