民数記 (ja-num)

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863.バラームのキリストの預言(民数記24:17)

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マタイの福音書2:2, ヨハネの黙示録22:16, 創世記49:10 旧約聖書では, 預言者バラームは, キリストがヤコブの子孫として来ると予言しました。(民数記24:17) 民数記24:17 我これを見ん然ど今にあらず我これを望まん然ど近くはあらずヤコブより一箇の星いでんイスラエルより一條の杖おこりモアブを此旁より彼旁に至まで撃破りまた鼓譟者どもを盡く滅すべし 旧約聖書では, キリストがユダヤの子孫として来ることが予告されていました。(創世記49:10) 創世記49:10 杖ユダを離れず法を立る者その足の間をはなるることなくしてシロの來る時にまでおよばん彼に諸の民したがふべし イエスは, ヤコブの息子たちの間でイエスの子孫から来たキリストです。(マタイの福音書1:1-2, マタイの福音書1:16) マタイの福音書1:1 アブラハムの子、ダビデの子、イエス・キリストの系圖。 2 アブラハム、イサクを生み、イサク、ヤコブを生み、ヤコブ、ユダとその兄弟らとを生み、 マタイの福音書1:16 ヤコブ、マリヤの夫ヨセフを生めり。此のマリヤよりキリストと稱ふるイエス生れ給へり。 三人の賢者は星を見て, キリストが生まれたことを知って, キリストを崇拝するためにイスラエルに来ました。(マタイの福音書2:2) マタイの福音書2:2 『ユダヤ人の王とて生れ給へる者は、何處に在すか。我ら東にてその星を見たれば、拜せんために來れり』 イエスは, ダビデ, キリスト, 明るい朝の星の根と子孫です。(ヨハネの黙示録22:16) ヨハネの黙示録22:16 われイエスは我が使を遣して諸 教會のために此 等のことを汝らに證せり。我はダビデの萠蘗また其の裔なり、輝ける曙の明星なり』

864.キリストは永遠の司祭の職を満たしました(民数記25:13)

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へブル人への手紙5:5, 8-10, へブル人への手紙7:14-17, 20-21, 27 旧約聖書では, アーロンの孫のフィネハスはイスラエル人を神の怒りから救いました。それで, 神はフィネハと彼の子孫に永遠に司祭の職を与えました。(民数記25:13) 民数記25:13 即ち彼とその後の子孫永く祭司の職を得べし是は彼その神のために熱心にしてイスラエルの子孫のために贖をなしたればなり ユダヤの部族として, イエスはメルキゼデクの順に大祭司になりました。そして, イエスは神の子でしたが, 彼は自分自身を神に捧げ, 大祭司の働きを永遠に達成しました。(へブル人への手紙5:5-10, へブル人への手紙7:14-21, へブル人への手紙7:27) へブル人への手紙5:5 斯くの如くキリストも己を崇めて自ら大 祭司となり給はず。之に向ひて『なんじは我が子なり、われ今日なんじを生めり』と語り給ひし者、これを立てたり。 6 また他の篇に『なんじは永遠にメルキゼデクの位に等しき祭司たり』と言ひ給へるが如し。 7 キリストは肉體にて在ししとき、大なる叫と涙とをもて、己を死より救ひ得る者に祈と願とを献げ、その恭敬によりて聽かれ給へり。 8 彼は御子なれど、受けし所の苦難によりて從順を學び、 9 かつ全うせられたれば、凡て己に順ふ者のために永遠の救の原となりて、 10 神よりメルキゼデクの位に等しき大 祭司と稱へられ給へり。 へブル人への手紙7:14 それ我らの主のユダより出で給へるは明かにして、此の族につき、モーセは聊かも祭司に係ることを云はざりき。 15 又メルキゼデクのごとき他の祭司おこり、肉の誡命の法に由らず、朽ちざる生命の能力によりて立てられたれば、我が言ふ所いよいよ明かなり。 へブル人への手紙7:16+_ 17 そは『なんぢは永遠にメルキゼデクの位に等しき祭司たり』と證せられ給へばなり。 18 前の誡命は弱く、かつ益なき故に廢せられ、 19 (律法は何をも全うせざりしなり)更に優れたる希望を置かれたり、この希望によりて我らは神に近づくなり。 20 かの人々は誓なくして祭司とせられたれども、 21 彼は誓なくしては爲られず、誓をもて祭司とせられ給へり。即ち彼に就きて『主ちかひて悔い給はず、「なんじは永遠に祭司たり」』と言ひ給ひしが如し。 へブル人への手紙7:27 他の大 祭司のごとく先づ己の罪のため、次に民の罪のために日々 犧牲を献ぐるを要し給はず、その一たび己を献げて之を成し給ひたればなり。

865.あなたの神の主の声に従わない人(民数記26:64-65)

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民数記14:28-30, ヨハネの福音書5:24, ヨハネの福音書3:16 神の声に従わなかったすべてのイスラエル人は, 荒野で死にました。(民数記26:64-65, 民数記14:28-30) 民数記26:64 但しその中にはモーセとアロンがシナイの曠野においてイスラエルの子孫をかぞへし時に數へたる者は一人もあらざりき 65 其はヱホバ曾て彼らの事を宣て是はかならず曠野に死んといひたまひたればなり是をもてヱフンネの子カルブとヌンの子ヨシュアの外は一人も遺れる者あらざりき 民数記14:28 彼等に言へヱホバ曰ふ我は活く汝等が我耳に言しごとく我汝等になすべし 29 汝らの屍はこの曠野に横はらん即ち汝ら核數られたる二十歳以上の者の中我に對ひて呟ける者は皆ことごとく此に斃るべし 30 ヱフンネの子カルブとヌンの子ヨシュアを除くの外汝等は我が汝らを住しめんと手をあげて誓ひたりし地に至ることを得ず イエスがキリストであると信じていない人は, キリストが判断され, 滅びることになります。逆に, イエスをキリストとして信じる人々は滅びることはなく, 永遠の命を持っています。(ヨハネの福音書5:24, ヨハネの福音書3:16) ヨハネの福音書5:24 誠にまことに汝らに告ぐ、わが言をききて我を遣し給ひし者を信ずる人は、永遠の生命をもち、かつ審判に至らず、死より生命に移れるなり。 ヨハネの福音書3:16 それ神はその獨子を賜ふほどに世を愛し給へり、すべて彼を信ずる者の亡びずして、永遠の生命を得んためなり。

866.キリスト, 私たちの羊飼い(民数記27:16-17)

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マタイの福音書9:36, マルコの福音書の福音書6:34, ヨハネの福音書10:11, 14-16 旧約聖書では, モーセは神に羊飼いを導くために羊飼いを送るように頼みました。(民数記27:16-17) 民数記27:16 ヱホバ一切の血肉ある者の生命の神よ願くはこの會衆の上に一人を立て 17 之をして彼等の前に出かれらの前に入り彼らを導き出し彼らを導き入る者とならしめヱホバの會衆をして牧者なき羊のごとくならざらしめたまへ イスラエル人は, イエスがキリストであることを知るまで, 羊飼いのない羊のように苦しみました。(マタイの福音書9:36, マルコの福音書の福音書6:34) マタイの福音書9:36 また群衆を見て、その牧ふ者なき羊のごとく惱み、且たふるるを甚く憫み、 マルコの福音書の福音書6:34 イエス出でて大なる群衆を見、その牧ふ者なき羊の如くなるを甚く憫みて、多くの事を教へはじめ給ふ。 イエスは私たちを救うために彼の命を捨てた真の羊飼いです。(ヨハネの福音書10:11-16) ヨハネの福音書10:11 我は善き牧者なり、善き牧者は羊のために生命を捨つ。 12 牧者ならず、羊も己がものならぬ雇人は、豺狼のきたるを見れば羊を棄てて逃ぐ、――豺狼は羊をうばひ且ちらす―― 13 彼は雇人にて、その羊を顧みぬ故なり。 14 我は善き牧者にして、我がものを知り、我がものは我を知る、 15 父の我を知り、我の父を知るが如し、我は羊のために生命を捨つ。 16 我には亦この檻のものならぬ他の羊あり、之をも導かざるを得ず、彼らは我が聲をきかん、遂に一つの群ひとりの牧者となるべし。

867.今, 私たちは毎日キリストが必要です。(民数記28:3-4)

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へブル人への手紙7:27, 申命記8:3, ヨハネの福音書6:32-33, 35, 48-51 旧約聖書では, エジプトを去ったイスラエル人は毎日神に犠牲を捧げました。(民数記28:3-4) 民数記28:3 汝かれらに言べし汝らがヱホバに献ぐる火祭は是なり即ち當歳の全たき羔羊二匹を日々に献げて常燔祭となすべし 4 即ち一匹の羔羊を朝に献げ一匹の羔羊を夕に献ぐべし イエスは, 十字架上の神に一度だけ神に申し出たので, 私たちはもはや毎日の犠牲を捧げる必要はありません。(へブル人への手紙7:27) へブル人への手紙7:27 他の大 祭司のごとく先づ己の罪のため、次に民の罪のために日々 犧牲を献ぐるを要し給はず、その一たび己を献げて之を成し給ひたればなり。 私たちは毎日神の言葉によって生きなければなりません。(申命記8:3) 申命記8:3 即ち汝を苦しめ汝を饑しめまた汝も知ず汝の先祖等も知ざるところのマナを汝らに食はせたまへり是人はパン而已にて生る者にあらず人はヱホバの口より出る言によりて生る者なりと汝に知しめんが爲なり イスラエル人が旧約聖書の神に毎日犠牲を捧げたように, 今では毎日キリストが必要です。(ヨハネの福音書6:32-33, ヨハネの福音書6:35, ヨハネの福音書6:48-51) ヨハネの福音書6:32 イエス言ひ給ふ『まことに誠に汝らに告ぐ、モーセは天よりのパンを汝らに與へしにあらず、されど我が父は天よりの眞のパンを與へたまふ。 33 神のパンは天より降りて生命を世に與ふるものなり』 ヨハネの福音書6:35 イエス言ひ給ふ『われは生命のパンなり、我にきたる者は飢ゑず、我を信ずる者はいつまでも渇くことなからん。 ヨハネの福音書6:48 我は生命のパンなり。 49 汝らの先祖は、荒野にてマナを食ひしが死にたり。 50 天より降るパンは、食ふ者をして死ぬる事なからしむるなり。 51 我は天より降りし活けるパンなり、人このパンを食はば永遠に活くべし。我が與ふるパンは我が肉なり、世の生命のために之を與へん』

868.主は私たちのために戦います。(民数記31:49)

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出エジプト記14:14, 出エジプト記23:22, ジョス23:10, 申命記1:30, 申命記3:22, ローマ人への手紙8:31 旧約聖書では, イスラエルの人々が神を信じていたとき, 敵との戦いでイスラエルの兵士が亡くなっていませんでした。神が彼らのために戦ったからです。(民数記31:49) 民数記31:49 モーセに言けるは僕等我らの手に屬する軍人を數へたるにわれらの中一人も缺たる者なし 旧約聖書では, イスラエルの人々が神を信じていたとき, 神はイスラエルの人々のために戦いました。(出エジプト記14:14, 出エジプト記23:32, ヨシュア記23:10, 申命記1:30, 申命記3:22) 出エジプト記14:14 ヱホバ汝等のために戰ひたまはん汝等は靜りて居るべし 出エジプト記23:32 汝かれらおよび彼らの神と何の契約をもなすべからず ヨシュア記23:10 汝らの一人は千人を逐ことを得ん其は汝らの神ヱホバ汝らに宣まひしごとく自ら汝らのために戰ひたまへばなり 申命記1:30 汝らに先ち行たまふ汝らの神ヱホバ、エジプトにおいて汝らの爲に汝らの目の前にて諸の事をなしたまひし如く今また汝らのために戰ひたまはん 申命記3:22 汝これを懼るる勿れ汝らの神ヱホバ汝らのために戰ひたまはんと イエスをキリストとして信じるなら, 神は私たちのために戦います。(ローマ人への手紙8:31) ローマ人への手紙8:31 然れば此 等の事につきて何をか言はん、神もし我らの味方ならば、誰か我らに敵せんや。

869.避難の都市であるキリスト(民数記35:6,11,15,25,28)

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申命記19:3, ヨシュア記20:2-3, 使徒の働き3:14-15, 17-19, へブル人への手紙4:14, エペソ人への手紙1:7, ローマ人への手紙8:1-2 神は, 殺人者が逃げることができる避難所を建設するためにカナンの地に入ったイスラエル人を作りました。(民数記35:6, 民数記35:11, 民数記35:15, 民数記35:25, 民数記35:28, 申命記19:3, ヨシュア記20:2) 民数記35:6 汝らがレビ人に與ふる邑々は是のごとくなるべし即ち逃遁邑六を與ふべし是は人を殺せる者の其處に逃るべきための者なり此外にまた邑四十二を與ふべし 民数記35:11 汝らのために邑を設けて逃遁邑と爲し誤りて人を殺せる者をして其處に逃るべからしむべし 民数記35:15 この六の邑はイスラエルの子孫と他國人およびその中に寄寓る者の逃遁場たるべし凡て誤りて人を殺せる者は其處に逃るることを得べし 民数記35:25 即ち會衆はその人を殺せる者を仇打する者の手より救ひ出してこれをその逃れゆきたる逃遁邑に還すべしその者は聖膏を灌れたる祭司の長の死るまで其處に居べし 民数記35:28 其は彼は祭司の長の死るまでその逃遁邑に居べき者なればなり祭司の長の死たる後はその人を殺せし者おのれの產業の地にかへることを得べし 申命記19:3 而して汝これに道路を開きまた汝の神ヱホバの汝に與へて產業となさしめたまふ地の全體を三の區に分ち凡て人を殺せる者をして其處に逃れしむべし ヨシュア記20:2 汝イスラエルの子孫に告て言へ汝等モーセによりて我が汝らに語りおきし逃遁の邑を擇び定め 誤って人を殺し, 避難所に逃げた人は, 避難所を離れて大祭司が死んだ場合に家に戻ることができました。これは, 大祭司の死が殺人の代価であるためです。(民数記35:32) 民数記35:32 また逃遁邑に逃れたる者の贖を容て祭司の死ざる前にこれを自己の地に歸り住しむる勿れ 私たちはイエスが最初はキリストであることさえ知らなかったので, 私たちもイエスを十字架で死ぬ人々のようなものです。(使徒の働き3:14, 使徒の働き3:17-19) 使徒の働き3:14 汝らは、この聖者・義人を否みて、殺人者を釋さんことを求め、 使徒の働き3:17 兄弟よ、われ知る、汝らが、かの事を爲ししは知らぬに因りてなり。汝らの司たちも亦 然り。 18 然れど神は凡ての預言者の口をもて、キリストの苦難を受くべきことを預じめ告げ給ひしを、斯くは成就し給ひしなり。 19 然れば汝ら罪を消されん爲に、悔改めて心を轉ぜよ。 私たちの大祭司として, イエスは私たちのすべての罪を許すために十字架で死にました。(へブル人への手紙9:11-12) へブル人への手紙9:11 然れどキリストは來らんとする善き事の大 祭司として來り、手にて造らぬ此の世に屬せぬ更に大なる全き幕屋を經て、 12 山羊と犢との血を用ひず、己が血をもて只 一たび至 […]